私が私でいる為に


何でもそつなくこなす子。
決して怒らない温厚な子。
完璧な子。

此れが私に対する周りからの評価。否、周りが勝手に抱いている私の人物像。 元々私はそんな人物じゃない。そう在らなければならなかった。 でなければ生きる価値も見出せなかった。 唯々、自分を押し殺し優等生という仮面を被る。

母の口癖は「私を困らせないで」であり、私が少しでも気に入らない事をすればヒステックになる人だ。 父はと言うと全てにおいて完璧を求める人で、100以外認めない完璧主義者。 そんな私の家では妥協は許されない。 完璧な者以外は切り捨てられていしまう。 だから私は小さいときから血反吐が出るくらい努力してきた。 自分を押し殺し、心に蓋をして。 親に捨てられない為に必死、完璧で在ろうとし。

だが元は陽気でおちゃらけた性格だった私。 馬鹿をやったりと皆と笑いあえる存在になりたかった。 そう氷野志朗、彼の様に。

彼を目の端で追うときも暫しあり、私はよく彼の行動を観察していた。 だからまさか桜の木下に来るとは思ってもみなかった。 彼どころか私ぐらいしか来ない場所。 そして部活をしている人しかいないであろう夕暮れ時の時間。 こんな処を見られるなんで、迂闊だったとした言えない。


*



最近は両親共に忙しく会うどころか話もなく、そんな2人から突然電話が掛かってきた。 妙に嬉しく弾んだ声で出た私だが、2人は「成績はどうだ」「完璧にやっているか」と事務的に淡々と体裁を気にするばかりで、私自身の心配はこれぽっちもなかった。 分かっていたはずだった。 だが私だって人間。我慢の限界があるというものだ。 最後の言葉を聞いた瞬間、悔しくて悔しくてやるせなく、唇を噛み締め静かに目を伏せた。

「今度、養子を迎える」

もういらない。私はいらないのだ。ああ、私は捨てられるのか。 漠然とそう思った。 心にポッカリ開いた穴に冷たい風が吹く。

不意に人の足音を聞き虚ろ気味な目をさ迷わせた。 其処にいたのは氷野志朗、私が羨ましくも妬ましい存在だった。 互いに無言の時間。 私には何分もの間だったように感じたが、本当は数秒だったかもしれない。
「泣けよ」
それは突然で、何を言われているのか理解するまで数秒かかった。
「辛いときは泣いちまえ」
おちゃらけいるいつもの彼と違い穏やかで優しい声。 随分と簡単に言ってくれる。 人前で泣けるかと心の中で毒突つくも、口には出せなかった。
「ほら、こうすれば見えねぇし」
彼はこんなことする人じゃなかったはずないのに。 如何して私は彼に抱きしめられているのだろうか。 そして如何して私は彼に抱きしめられて涙を流しているのだろか。 不思議と彼の腕の中は温かく酷く安心していた。 きっと此れが答えなのだろう。 ポロポロと止め処なく溢れる涙。 止めようとしても止まることない涙を流し、目を上げると飛び込んでくる光景。 彼の背に舞う桜の花弁と赤く染まった夕日。 私はその光景と彼の言葉がやけに印象に残った。


「お前がお前でいられるように、お前が壊れないように泣け。我慢するな」

「泣くと時は俺のとこ来い。いつでも胸を貸してやる」





それはまるで愛を囁くように甘い響き。